【老舗物語】117年の伝統を、次世代へ 思いを受け継ぐ花嫁のれん

老舗物語

 ガラス張りの新しい金沢市第二本庁舎の裏手、鞍月用水にかかる「あかねや橋」のたもとに、加賀友禅の染色を手掛ける奥田染色創業の地がある。現在は「茜やアーカイブギャラリー」として人々を迎え入れている、古く美しい町家だ。
 暖簾をくぐると、いたるところに加賀友禅が施された優美な空間が広がっていた。100年以上の伝統を守りながらも革新を進める奥田染色の3代目奥田勝将さんと、奥田さんの娘で企画担当の奥田和子さんにお話を伺った。

 家族で紡ぐ染め屋の歴史

 「こまちなみ保存区域」に指定されている、金沢市里見町。藩政期には加賀藩士・里見氏の屋敷があった、趣ある武家屋敷街だ。かつてこの周辺にはたくさんの染物屋があり、鞍月用水で友禅流しをしていたという。用水路には、友禅流しのために設えられた階段が今でもところどころに残り、苔むしていた。「茜や」という名前は今でこそ奥田染色の屋号となっているが、里見町周辺が茜色(赤色)を染める職人が多く集まった地域だったことに由来する。当時は、赤を染める染め屋を「茜や」、青を染める染め屋を「紺や」と呼んでいたという。

 家族代々受け継がれてきた染め屋は、創業117年を迎えた。長男に生まれた勝将さんは、幼い頃から自分が染め屋を継ぐ意識があったという。

「京都で5年ほど見習いに行きまして、金沢に戻ってきました。5人兄弟で、上に姉が2人、私が長男、その下に弟が2人います。私が職人になったもんで、上の弟が営業担当、下の弟は工場長として、家族で継いでいるんです」

 さらに、下の弟の3人の子は、長男が型染め、次男が営業、長女の雅子さんが手描き友禅の道へと進んだ。勝将さんの2人の娘は営業や企画を担当しつつ、型染めも手掛けるという。脈々と受け継がれる、まさに「友禅一家」だ。

 勝将さんが高校生の頃、金沢市第二本庁舎が建つ敷地には女学校があった。

 「大学受験をせずに家を継ぐと決めていたので、平日も補習授業を受けずに家業を手伝っていたんです。すると女学校の生徒がその様子を見て声をかけてきたり、からかわれたりしてね。恥ずかしかったんですよ」

 「父は、会社の歴史の話をすると、いつもこの話をしてくれるんです。お年頃で、よっぽど印象深い出来事だったんでしょうね」と娘の和子さんが話すと、「家族で仲良くやっていけていることは、幸せなことですよね」と勝将さんが目を細める。親子や兄弟姉妹、それぞれが互いの人柄や仕事を尊重しあう優しい家族だからこその歴史なのだと、胸があたたかくなった。

染め屋は職人か、作家か

 勝将さんは「私は職人ですから」という。手描き友禅の図案を手掛けることもあると伺ったが、友禅作家ではないのだろうか。

「昔から、加賀友禅の中興の祖とよばれる木村雨山先生をはじめ、作家の先生の手伝いをするという仕事がほとんどでした。今は、伝統工芸の技を学ぶ学校に入るにしても、作家を目指して入る人がほとんどなんじゃないでしょうか。職人を目指す人はほとんどいないのではと思います。しかし自分は、オリジナルを作る作家ではなく、あくまで技術で勝負する職人だと思っています」

 謙虚で優しい語り口の中にも、伝統を守る職人としての強い信念と誇りを感じる。それもそのはず、勝将さんは2010年に「卓越技能章・現代の名工」で厚生労働大臣表彰を受賞。2012年には「伝統的工芸品産業功労者」として経済産業大臣表彰の受賞者にも選ばれた。 「日本を代表する卓越した技術や感覚を持った職人なのだ。

手描き友禅といっても、着物にはサインはないですよね。展覧会で展示されるような作品だったら作家のサインがあるけど、着物にはない。着物はあくまで実用品だから、誰が作ったかは関係ない。飾るだけのものではないから、使われるときにいちばん美しいものであってこその伝統工芸なんです」

 伝統工芸品として用の美を追求する姿勢も、奥田染色に100年以上受け継がれている。

お客様の思いを形に

 伝統を守りながらも、さまざまな企業とのコラボレーションを実現しているのが、奥田染色の魅力のひとつだ。

 石川県を代表する名旅館・加賀屋にも、奥田染色が染めを手がけた作品が展示されている。吹き抜けのエレベーターホール、1階〜12階を貫く巨大な加賀友禅の作品は、その長さなんと37m。従来の加賀友禅の緻密なスケール感を覆すような途方もなく大きな作品の制作は、思い出深いものだという。

「そこまでの大きな作品は初めてだったので、大変でした。太い線にしたり、壁に合わせて柄を貼り合わせたり。足場を組んで、作家の先生、職人、表具屋などみんなで取り組みました。誰もが初めての経験だったので、大変だけど新鮮で楽しかったんです」

 加賀屋のほかにも、さまざまな企業や店舗の建築内装も多く手がける。それらのほとんどでは、作家が描いた図案をもとに奥田染色が染めを担当した。友禅作家は、それぞれ独自の色を持っている。大きい面積であればあるほど、その特色ある色を作り上げて均一に塗ることは難しい。さらに、彩色段階での色と最終的に仕上がる色は異なるため、知識と経験が必要不可欠となる。それを成し得る奥田染色の染めは、伝統と高度な技術に裏付けされた「老舗の技」なのだ。

 ポケットモンスターのキャラクター・ピカチュウの着物も作った。金沢をイメージして作られたポケットモンスターオリジナルデザインのイメージから、加賀友禅らしさを加えて着物の図案に起こしたのは勝将さんの姪で手描き友禅作家の奥田雅子さんだ。鞠とともにモンスターボールが並ぶ遊び心満載のユニークなデザイン。人間用ではなくピカチュウ用の着物を作るのはもちろん初めてで、手間暇はかかったが楽しく制作したという。

 スイスの高級時計メーカー・フランクミュラーとのコラボも印象的だ。力士への贈り物として依頼された着物は「人間が時間に動かされるのではなく、人間が時間を使わなければならない」というフランクミュラーのコンセプトが反映されたデザインに仕上がっている。

新しい世代の企画・商品

 加賀友禅の技術を応用した新しい商品も続々と生み出している。昨年発表した「夏ごろも」は、綿麻素材に型染めで染色した浴衣や着物だ。従来の華やかな加賀友禅のイメージとは違い、スタイリッシュな型染めのパターンが並ぶ。

 「今は、着物の文化が薄れてきています。まずは親しみを持って、普段から着てもらえるような着物があると良いのでは」

 ユニセックスで、男性でも女性でも兼用で着られるデザインも作った。浴衣としてはもちろん、夏用の着物としても使える。夏ごろもは、加賀友禅ではなく「加賀染め」。加賀友禅というくくりでは、今でも問屋さんを通してしか販売できないのだという。しかし加賀染めでは、新しい流通ルートが生まれた。夏ごろもは店舗やオンラインショップでの直売のほか、アパレルブランドのユナイテッドアローズでも取り扱いされている。20代〜30代の若い世代に人気のブランドでの流通は、確実に着物文化の現代化へ繋がっているといえるだろう。

 今年も、新商品を発表した。加賀友禅で染色した素材は、なんと珪藻土。勝将さんの娘・和子さんが中心となり、珪藻土の吸水・消臭機能を損なわずに染色する技術を研究し、鮮やかなバスマットやティッシュケースを生み出した。コロナ禍でペーパータオルの使用頻度が上がった現代のニーズと呼応した商品だ。実用性と美しさを兼ね備えた、まさに現代の伝統工芸品ではないだろうか。

花嫁のれんの思いを受け継ぐ「花紋」

 花嫁のれんも、現代版バージョンアップを遂げようとしている。石川県の嫁入り道具のひとつであった花嫁のれんも、需要は減少しつつある。そんな中、ある雑誌の企画で、加賀友禅を用いたお正月飾りの特集掲載の声がかかった。そこで奥田染色が提案したのが、受注生産の「花紋のれん」だ。花紋は松竹梅や打ち出の小槌などの吉祥柄、桜・牡丹・菊などの花をあしらった図案だが、盛り込むモチーフをお客さんに選んでもらう形式にした。それぞれの図案や花には、意味があり思いが込められる。お客さんが思いや願いを込めたモチーフで作ったのれんを、気持ちを新たに整えるお正月に飾っていただこう、という商品だった。初めての試みだったが、反響があった。

 これをきっかけに、現在は花紋の自動作成サービスを開発中だ。AIの機能を利用し、お客さんが選んだモチーフを自動で図案にするというシステム。北陸先端科学技術大学院大学の協力を得て、パソコン上で自動作成できるプログラムを開発した。担当の和子さんには、AIを利用しようと考えたきっかけがあったという。

 「花嫁のれんに描かれる『花ぐるま』というモチーフがあります。同じ大きさの車輪でないとスムーズに動かないから、夫婦足並みをそろえて進もうという意味合いに、成長する松、緑を絶やさない竹などをあしらった図案です。子どもたちがプログラミングでロボット操作を競う大会を見る機会があり、同じ仕組みの機械を使ったロボットなのに、同じ動きをしないことを不思議に思っていたら『同じロボットでも個体によって動きの癖がある。細かい調整をしないと、うまく曲がれなかったり、ゴールまでたどり着けないんです』という話を聞きました。そのときに、そうか、AIも花ぐるまと同じなんだ、共に歩んでいくことが必要なんだと気づいたんです」

 花紋のシステムでお客さんが選ぶものは、単なるモチーフだけではない。誰のために作るか、何を願うか、季節やモチーフとなる花を花言葉と共に選び、言葉や思いを込めるのだ。出来上がった図案は、職人が友禅でのれんなどに仕立てることもできる。思いを形にするという奥田染色の伝統と合致する。

 「私たちが花に乗せて描く思いは、辞典に載っている花言葉だけではありません。100年の伝統の中で、お客さんとのやりとりの中から生まれた経験を受け継いだ、私たちなりの思いや、いろんな方の歴史が詰まっているんです。私たちの加賀友禅の文脈を、後世に伝えていくことが大事だと感じています。今ならAIの力も借りて、分かりやすく伝えながら残していくことができます」

 伝統文化は古いものではない。今の時代に生きる人々にとって革新的なものでないと、時代に置いて行かれて、消えてしまう可能性もある。

これからの加賀友禅

「加賀友禅の着物を、家族で受け継いで長く着るという習慣もだんだんとなくなってきました。平均寿命が伸びたぶん、体型も変わってきたし、着物を着る人の年齢も変わっていきますよね。90歳でもビシっと背筋が伸びている人もいるので、その人が着れるものを作っていかなければと思います。おばあちゃんになっても、外国に行って振袖を着てほしいですね。振袖は日本では未婚女性の第一礼装ですが、外国ではそういった慣習もありませんし、着たいものを着て着物を広めてくれると嬉しいです」

 東山でも、観光客がレンタル着物を着て歩く姿が増えてきた。体験から日常へ、日常から文化へとつながることが期待される。

 「染物屋も減ってきていますから。最近はインクジェットでできちゃいますからね。でもそれは敵対ではなく、時代の流れです。私たちは、インクジェットにはできないものを考えて生み出していかなければならない。クーラーは便利だけど、そよ風のほうが好きという人も多いでしょう。同じ風だけど、あえて自然の風を選ぶ人はたくさんいて、需要があるんです。私たちもそうでありたいです」

 取材時、アクリルパーテーションにも友禅の模様があしらわれていた。友禅染めの生地を切り抜いて、2枚のアクリル板に挟んだものだった。

「マスクもアクリル板にも友禅を取り入れてみましたが、どちらも人と人を離すためのものなんですよね。コロナが落ち着いたら、今度は人と人を結びつけるものを作っていきたいんです」

 伝統の技と変わらない信念を守りながらも、時代の変化とともに歩み続ける奥田染色。 ここ金沢に生地を張り、時代の流れで糊を落とし、鮮やかに染め上げられる洗練された伝統工芸を垣間見た気がした。

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